ITと感性のめくるめく関係

   ITの時代だと言われてます。IT使いこなせないと乗り遅れる、というような雰囲気。一方でITの普及に警鐘を鳴らす声もあります。ITに頼りすぎると感性が鈍る、というような意見を新聞で見ました。私にはどちらも??なのです。

 そもそも「IT」と「感性」って反比例するものなのかな?

ITと感性の関係は共存共栄、いや、共に高めあう相乗効果と私には思えます。

 「こんにちは」。
 これを10人の人に言ってもらったら、声の質、口調、表情、状況・・・みんなそれぞれだから、10通りの「こんにちは」になって、一つとして同じ「こんにちは」はない。同じ人が言う「こんにちは」でも、昨日の「こんにちは」と今日の「こんにちは」は同じではないでしょう。

 ところが「こんにちは」と入力してメールで送ると、そうゆう細々としたものが抜け落ちてしまう。誰が入力しても、「こんにちは」は「こんにちは」の五つの文字で、同じものになってしまう。おそろしいことです。すべて言葉だけで伝えないといけない。活字になるものでしか伝えられない。

 文学作品を読むとき、行と行の間を読むっていうでしょう? そのくらいの読み込み能力が受け取る方には必要になってくる。相手の状況を想像する力、相手の気持ちを思いやる力、・・・つまり「感性」。これがなければメールのやりとりなんかコミュニケーションとして成立しない。だからITは感性を必要としているのです。

そして、ITが感性をもっと自由に羽ばたかせてくれる。これはやってみた人にしかわからない世界だろうけど、自分を表現するツールとして色々な制約をとっぱらって間口を広くしてくれている。ワタクシごとで恐縮なんだけど、フルタイムの仕事を持って、手のかかる子どもたちがいて、自分の時間を持つのはすごく難しいし、外出もあまり自由にはできない。経済的にもそんなに余裕はないし。それでも自分の頭の中にある音を、組み立てて人に聴いてもらうことができるのは、パソコンとインターネットがあるから。一昔前ならシンセサイザーを積み上げたところを、今は弁当箱サイズの「音源」一つで実現できる。もちろん、生の音と音を重ねあうアンサンブルには及ばないとしても、一つの世界を作り上げて公表することができるというのは、夢のようなことだと思います。

新しいテクノロジーが生まれてから、それが世間に定着して、人々が意識せずに使いこなせるようになるのには100年近くの時間がかかります。電気、電話、自動車・・・今では人々はその良いところを知り、悪いところも知った上で上手に生活の中に取り入れている。この世にコンピュータが生まれてたかだか50年。めくるめく関係は、まだまだこれからなんだろうね。

2004/03/21