きっと、また、会える


  八月の初めの暑い日のことです。お昼ごはんを食べおわると、ももこはお母さんに言いました。

  「プールへつれて行ってよ、ねえ」

  「今日は行かれないのよ。お父さんがお休みときに、ね」

  「だって、ゆうちゃんも、かりんちゃんも、みんな遊べないって」

  「わがまま言わないの。お母さんは、ちょっとおなかが痛いから、一人で遊んでいてね」

つまんないの。近ごろ、お母さんは、すぐおなかが痛いとか、気分が悪いとか言って寝てしまうんだから。こんなとき、弟か妹がいれば、いっしょに遊べるのになあ、とももこは思いました。

しかたなく一人でおもてへ出てみると、お日さまがぎらぎら照りつけています。そうだ、川にいってみよう。川はももこの家のすぐうらがわにあります。澄んだ流れを見ているうちに、ももこは川に入ったら涼しいだろうなあ、と思いつきました。足を少しぬらすだけなら、だいじょうぶ。サンダルをぬいでそうっと入ってみました。冷たい流れが足をくすぐります。プールみたいに泳げるかしら。だめだめ、服をぬらしたらおこられちゃう。でもちょっとだけなら…。

その時、風が吹いてきて、ももこの帽子をひらりと吹きとばしました。ももこは、あわてて帽子を追いかけて、ばしゃばしゃと川の中へ入っていきました。帽子はいじわるをするように、手のとどかない方へと水の上を滑っていきます。つかまえた、と思ったそのとき、体がふわりと浮かびました。あっ、流される!もがいても、もがいても、足は底につきません。そのうち、息が苦しくなってきて、目の前が真っ暗になりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  「おおい、おおい」

 遠くから呼ぶ声が聴こえます。声のした方を見ると、ももこのおじいちゃんが立っていました。

  「おじいちゃん?おじいちゃんなの?」

  「おお、ももちゃん!よう来た、よう来た」

  「おじいちゃん、歩けるようになったの?」

  ももこは、おじいちゃんが、いつもベッドで横になっていたのを思い出しました。病気で、体が動かなくなったのよ、とお母さんは教えてくれたっけ。

  「ああ、そうなんじゃ。ここへ来てから、すっかり良くなってなあ。さあ、おじいちゃんのうちへ行こう」
 
 おじいちゃんの家には、なつかしいものがいっぱいありました。
 保育園のころ、海で流されてしまった、あひるさんのついた浮き袋。ボロボロになって捨ててしまったお気に入りの絵本。ずっといっしょに寝ていたテディベアのぬいぐるみは、首がとれてしまっていたはずなのに、ちゃんとくっついています。ももこはうれしくなりました。
  でも、去年、金魚すくいでとってきて、次の日に死んでしまった赤白まだらの金魚が元気に泳いでいるのを見ると、ももこはなんだか変な気分になってきました。

  「おじいちゃん、ここってもしかして、天国?」

  「いいや、ちがうよ。ここは、向こうがわの世界じゃ」

  「向こうがわ?」

「ももちゃんが大事にしていたものに、もう一度会える世界、なんじゃよ」

  うそ。ここは天国に決まっている。おじいちゃんは天国へ行ったって、お父さんも、お母さんもそう言っていたんだから。おじいちゃんのうそつき。
  
  ももこが黙って下を向くと、おじいちゃんは心配そうに、ももこの顔をのぞきこみます。そして、
 
 「そうだ、森へ行こう」

 と、ももこの手をとりました。


 森の中は薄暗く、ひんやりとしています。二人は黙ったまま、ぴしぴしと小枝を踏んで歩いていきました。しばらくして、おじいちゃんは一本の大きな木の前で立ち止まりました。木には太いなわがかかっていて、白い紙でできたかざりが、ぶらさがっています。
  おじいちゃんは、木の根っこのところにあいている穴に手を入れると、そうっと何かを取り出しました。ももこは背伸びしてのぞきこみました。

 「あ…あかちゃん」

  ももこの手のひらにのるくらいの、人形みたいに小さなあかちゃんが、白い布にくるまれて眠っています。

 「大切に持って帰っておくれ。母さんに渡すんじゃよ」

おじいちゃんが差し出したあかちゃんを、ももこは両方の手を出して受けとりました。その瞬間、まわりの景色がぐるぐる回りはじめ、やがて、何も見えなくなりました。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ももこ、ももこ」

 誰かが呼んでいるような気がして、目を開けると、お父さんとお母さんの顔がぼんやりと見えてきました。
  「ああ、良かった。ごめんね、ももちゃん。お母さんがついていなかったからこんなことになって…」
  泣きそうな声になって、ももこの顔をなでまわしているお母さんに、ももこは、
  「あかちゃんは?」とたずねました。
 お母さんは「まあ、どうしてそれを・・・」とびっくりした様子です。

  ももこはおじいちゃんに会ったことや、森の中の大きな木のことを、みんな話してきかせました。そして、

  「おじいちゃんから、あかちゃんを預かったの。お母さんに渡してって」
  というと、お母さんは自分のおなかに手をあてて、
  「ここに、ちゃんといるわ。春になれば会える。」と、にっこりしました。お父さんは、お母さんとももこの顔をかわりばんこに見て、きょとんとしています。
 
  次の日曜日、ももこはおじいちゃんのお墓参りに行きました。お父さんとお母さんが手をあわせるのをまねして、ももこも手をあわせて目をつぶりました。そして、心の中で呼びかけました。

 「おじいちゃん、あかちゃんをありがとう。きっと、また会えるからね」