子育て講演会のてんまつ

 
 「お母さんはね、子供なんていない方がいいって言ってるよ」

 講演会場に響きわたるわが子の声。集まる視線に耐えられず、私は会場を飛び出した。

 下二人の子供が通う保育園で、子育てに関する講演会が行われたときのことだ。小学三年生の長男が、「オレもいっしょに行く」と言い出した。私ははっきり言ってイヤだった。人が集まる会場で、いつも走り回ったり、演台によじ登ったりする。大きな声を出す。今まで何度恥ずかしい思いをしてきたことか。

 「わかってるね、わいわい走り回ったりしちゃ、ダメだよ。もう三年生なんだから」
 「わかってるよ」

 しかたなく、二人して会場に入った。人が後ろの方に集まっていたので、空いているところを探して前の方にすわった。
 そして、先生の話がはじまった。退屈しないようにと持ってきた本に目もくれず、長男はしきりと私に話しかける。適当に受け答えしていると、ちゃんと話しを聞いていない、といって怒り出す。私は周囲の視線が気になって、ドキドキし始める。

 先生が会場に問いかけた。「みなさんはこの写真を見て、どう思われますか?」。すると長男は大きな声でとてつもない答えを叫ぶ。先生はさすが子育てのプロだけあって動じずに、「そう、とってもいいお答えねえ」とほめてみせた。すると調子に乗った長男は先生の言葉につぎつぎと茶々を入れる。

 「もうやめて、恥ずかしいから」

 「さっき先生がほめてくれたもん、いいお答えだって」
 
 「それは……」

 私はもう頭に血が上って、言い返す言葉が見つからない。

 そしてふたたび先生が「皆さんは、日々どんな気持ちで子育てをしていますか?」と問いかけたとき、長男が得意げに答えたのが冒頭のセリフだったのだ。

 会場の外に出たものの、私はどうしたらよいのかわからなかった。その時期、私は仕事上の失敗もあって落ち込んでいた。そんな気持ちもお構いなしにわがままを言う子供たちに、思わず「子供なんかいない方がよかった」と言ってしまったのは事実。あとからあとから涙が出てきて、止めることができなかった。

 長男はしばらく場内でうろうろしていたらしいが、あとからついてきて

 「おかあさんのバカ、なんで置いていったんだよお。」と、私を平手で打った。

 どうして、どうして、こんな子に育ってしまったんだろう。きっと、私の子育てが間違っていたのだ。私には子供を育てる資格なんかない。体も心も弱すぎるから。それなのに三人も子供を産んでしまって、この先どうしたらいいんだろう……。

 通りかかる人に涙を見られまいとうずくまっていると、聞き慣れた声がした。

 「おにいちゃん、なんでお母さんが泣きゆうか、わかる?」
 
 保育園の森田先生が、いつもの笑顔とは違うきびしい表情で、長男の顔をのぞき込んでいる。私は何か言おうとしたが、口を開くとまた涙が爆発しそうで、下を向いていた。

 「お母さんはね、お話が聞きたかったがよ。それをお兄ちゃんがあんなにして、お話が聞けんようにしたろう。それで悲しくなって泣きゆうがよ」

 長男は無言のまま、聞いているようだ。
 
 「先生でも、あんなことされたら泣くとおもう」
 
 その一言がうれしかった。うれしくてまた涙が出てきて仕方なく下を向いていた。先生はしばらく話しをした後、長男の手を引いて「ご本でも見ようか」と図書室へ誘ってくれて、私はなんとか涙をしまい込み、会場の隅でお話を聞くことができた。

 次の日保育園に行くと森田先生が、
 
 「昨日はごめんね、差し出たことをしてしまって……」
 
 と声をかけてくれた。私は、とんでもない、先生に声をかけてもらってすごく気持ちが楽になりました、と答えた。言ってくれた内容ではなく、一人ではないと感じることができたことが、私には何よりの薬だった。

 そして先生が聞いてくれるままに、長男のことを色々話しをした。うんうんと黙って聞いてくれて、そうよねと言ってくれる人、その時の私に必要だったのは、まさにそういう存在だったのだ。

 「どうせ言ってもわかってくれないだろう」
 「こんなことを言うのは自分の恥だ」
 
 そんな気持ちにとらわれていて、一番つらいことを人に話せなかった。不思議なことに、口に出しただけで、自分の中にそれに対処する心がまえができ上がっていくのが感じられた。

 私の話しを聞いてくれた後で先生は、

 「おにいちゃんはきっと、甘えたいんだと思う」
 
 と言った。それはわかっている。だけどそれを受け止められず重荷に感じてしまう自分の心に問題はあったのだ。心が不安に固く縮こまって、子供の気持ちを受け止められなくなっていた。帰り道、自転車をこぎながら、きっとなんとかなるという自信が、心の中に少し芽生えた気がした。

 その後、何人もの先生方から「最近どう? 大丈夫?」「何でも相談に乗るからね」「私もこんな風に悩んだことあるのよ」などと、声をかけていただいた。保育園で子育ての相談にのってくれることは前から知っていたが、長男はすでに卒園しているから、相談できないと思っていた。でもそんな遠慮は無用だったのだ。みんな親身になって考えてくれているのが、とにかくうれしくて、一人ではないと思っただけでも力が倍増する気がする。

 これからも、私は迷ったり悩んだりしながら子育てをしていくだろう。子育てには「正解」はないし、現代は子育てに夢を持つことが難しい時代だ。その上、いじめや不登校、学級崩壊などの問題も、その原因はすべて幼児期にあるなんて脅かされる。不安になるのが当たり前だ。でも、このことだけは忘れないでいよう。困ったときは誰かに話しを聞いてもらうこと、そうすればきっとトンネルの向こうの明かりが見えるから。