傘は待っている

傘は待っている。雨が降るのを。

 スーパーの前の傘立てに忘れ去られた、傘。その中で一番古いのが僕だ。僕はずっと待ち続けていた。雨が降るのを。誰かが僕を迎えに来るのを。

彼女がやってきた日は、梅雨空に朝から雨が降ったり止んだりの天気だった。若い女の人が、彼女を僕の隣にさしこんだ。柄がほっそりと長くて、半分透きとおったブルーのビニールについた水滴が、とてもきれいだった。

「よく降りますね」 「ええ、ほんとに」

僕たちは傘立ての中の傘たちがいつもそうするように、表面的なあいさつを交わした。持ち主の用事が済む間だけの、お隣さん。でも彼女の持ち主は、その日彼女を忘れて帰ってしまった。次の日も。その次の日も、持ち主は迎えに来なかった。同じ境遇の者同士となった僕たちは、いろいろな話をした。天気のこと。持ち主のこと。スーパーの景気のこと。近所のノラ猫の恋の行方。そして、同じように待っていた。

雨が降るのを。誰かが迎えに来るのを。

 夏も終わりに近づいたある日、夕方から雷が鳴っていた。勤め帰りの人たちはパラつき始めた雨に足を速めて通り過ぎていった。突然、

 「あら、これ私の傘じゃない?! こんなところにあったわ!!」

 そんな声がして、彼女は傘立てから引き抜かれていった。一瞬のできごとだったので、さようならも、お元気で、も言う暇はなかった。

 そして僕はまた、ひとりになって待ち続けた。
 雨が降るのを。彼女の持ち主が、彼女を連れて買い物に来ることを。

 冬がやってきた。僕と、ずっと傘立てに忘れられたままの何本かの傘は、大きなバケツに移された。店の人がそこに貼り紙をした。紙には黒のマジックで「ご自由にお持ちください」と書かれていた。

 「要するに処分されるんだろ」と、僕のとなりの傘が言った。「正月も近いからな、ジャマ者は処分してスッキリしようってことなんだ」。でも僕はそうは思わなかった。誰でもいい。誰かが僕を連れて帰ってくれる。そう思うと心がはずんだ。

 次の日曜日はくもり空で、午後になって冷たい雨が降り始めた。こんな日は彼女が来ないだろうか、なんて考えていると、いきなり、がっしりとした手につかまれた。その人は僕をさして歩き出した。久しぶりに身体に受ける水滴。とても気持ちがよくて、生き返るような気がする。しばらく歩いてから、その人は一軒の家の玄関に立った。その人がドアノブに手をかけたとたん、いきおいよく中からドアが開いたので僕は少し驚いた。

「ごめんねー!!びっくりした? 降り出したから、ちょうど迎えに行こうと思ったところだったの。そっちとこっちから同時に開けるなんて・・・」と女の人はキラキラした声で笑った。その手には、忘れもしないほっそりとした水色の傘がにぎられていた。彼女だった。

世界中の傘は雨を待っている。でも僕たちは、もう雨を待たなくてもいいんだ。玄関の傘立ての中で僕らは永遠の愛を誓った。