Perfect Lover

  「マユミさん、マユミさん。朝だよ、さあ起きて」

 「う・・・ん、いま何時?」

 「7時10分」

 「・・・頭、イタイ・・・」

無防備な寝姿にいとおしさがこみ上げてきて、僕はマユミさんのくちびるにそっと口づけをした。かすかに、いや、かなりお酒の匂いがする。マユミさんは寝返りをうって、また眠りに入ろうとする。

 「マユミさん、マユミさん!!」

 「あと、5分だけ・・・」

 「わかった。じゃあ5分だけだよ。味噌汁、温めておくからね」

 そう、昨夜は二人でライブを聴きに行って、その後遅くまでお酒を飲んでいたのだ。この分だとマユミさんは二日酔いでつらい一日になりそうだが、僕にはそんな現象は起こらない。だって、ここだけの話し、僕は人間ではなく、マユミさんに作られたロボットなのだ。

  ロボット、といっても見た目は人間と区別がつかない。身体は人間と同じ手触りの皮膚で覆われていて、髪の毛だって伸びる。悲しいラブストーリーを見て泣くこともあるし、楽しいときには笑うこともできる。僕は毎朝マユミさんと一緒に出勤し、昼間はマユミさんの助手として某国際機関の研究所で働いているのだ。職場での僕は、マユミさんの大学時代の後輩ということになっている。そして夜はマユミさんと一緒に食事をし、同じテレビを見て、同じベッドで眠る。それが僕の毎日。


  僕だって、自分が人間だと思っていた。生い立ちの記憶もあるし、マユミさんとどうして出会って恋に落ちたのかも、ちゃんと思い出すことができる。だから、自分がロボットだと聞かされたときは驚いた。

 マユミさんは自分の研究と、父親の残した財産を使って僕を作った。5年間続いた結婚が破局を迎えたとき、もうオトコなんてこりごりだと思い、理想のパートナーとして僕を作ることを思いついたのだという。僕の基本的な思考回路は誰かのDNAと誰かのDNAを混ぜ合わせて、いいところだけをつないでプリントされたらしい。そういうことはマユミさんにはお手の物なのだ。元のDNAは研究所からこっそり持ち出したものらしいが、それだけは僕にも教えてくれない。記憶はこれも誰かの生い立ちをイメージ化して、そのままコピー貼り付けしたのだという。なぜ、そんなつぎはぎの僕が矛盾なく毎日を人間のように暮らしていけるのか、僕はそのことをあまり考えないようにしている。だって僕はマユミさんに恋をしていて、いつもマユミさんと一緒にいられるのだから。そしてマユミさんも僕のことを愛してくれる。
 僕はマユミさんのことを守り続けるんだ。そう、永遠に。

 僕はマユミさんの理想の相手として作られた。マユミさんの言うことは何でも聞く。決して怒ったり、感情的になったりしない。前夫の愚痴をえんえん聞かされても、ふさわしい受け答えができる。落ち込んでいるときには、小さな音でバッハかモーツァルトでも流し、おいしい食事を作る。時には外に遊びに行こうと誘うこともある。

それだけ気を使っても、マユミさんが機嫌の悪いときは「このターミネーター野郎!!」などと当り散らされることもある。マユミさんは気性が激しいのだ。でも、僕はそんなときの扱い方だってちゃんと心得ている。怒ったふりをしてしばらく一人にしておいて、頃合を見計らって飲み物を持っていく。飲み物が気に入らない、と投げつけられても、また時間を置いて別な物を持ってドアをノックする。そんなことを繰り返しているうちに、マユミさんも怒っていることに飽きてくる。そこで近づいて肩を抱き、ささやくのだ。セリフは毎回違うことを言う。時には二人で見た映画のセリフをマネしたり、テレビで覚えたギャグで笑わせることもある。そしてやさしくキスをして、ベッドまでもつれこんでしまえば、もう大丈夫。僕はベッドの中でマユミさんを満足させることができる。いつでも、必ず。もちろんそういう風に作られているのだ。

でも、僕とマユミさんが一緒に暮らしていることは、誰にも言ってはいけない。たぶん研究所の性質からいって、個人的な人間関係を調査されることがあるからだろう。僕がロボットだということがばれて、マユミさんが研究所からDNAを持ち出したことまで調査が及んだら・・・今の幸せはなくなってしまう。

マユミさんは僕にいろいろなことを相談してくれる。研究のことならば、僕のデータ収集能力がモノを言う。世界中のデータベースを言語の壁なく検索して、関係する文献から必要なところをピックアップする作業は僕の得意とするところだ。職場の人間関係のことなんかも、マユミさんはよく僕に相談する。僕は心理学や精神医学の書籍、哲学書まですべてスキャンして、その内容を把握しているからいつも的確な答えを出した。ロボットに人間の気持ちがわかるだろうか? と疑問を持たれる向きもあるかもしれないが、僕に限ってその心配はいらない。だって僕は人間と恋に落ちることができるくらい、人間的な感情を持つロボットなのだから。

だけど最近、僕は心配になることがある。マユミさんがどうも他の男と会っているようなのだ。仕事帰り、「ちょっと寄るところがあるから、先に帰ってて」ということが増えてきた。帰ってくると「ああ疲れた、疲れた!!」と言ってすぐに眠ってしまう。そうかと思うと夜中に起きだしてどこかへ電話をかけ、小さな声で話し込んでいる。僕はマユミさんのすることには、逆らわないようにできているから、マユミさんが外で誰と会っていても気にしないようにしていた。いつもと変わらずやさしく、思いやりを持って接して、マユミさんが話したくないことは、訊ねないようにしていた。

でも、マユミさんのいない部屋で、ひとりやることもなくぼんやりしていると、マユミさんのことばかり考えてしまう。以前の僕なら、そんなときサッと気持ちを切り替えて、新しく出た雑誌のスキャンをしたり、自分のメンテナンスをしたり、することがなくなると省エネルギーモードに切り替えて休眠したりしていたのだが、それができなくなった。マユミさんがいないのに、マユミさんのことを考えてしまう。僕はマユミさんの理想のパートナーなのに、僕に満足してくれていないんだろうか。リソースの無駄遣いだとわかっているが、自分の思考を止めることができない。マユミさんは今、何をしているんだろう。誰といるんだろう。

 日曜日、朝からマユミさんは出かけて行った。夕方帰ってきたマユミさんに、僕はついに言ってしまった。
 「マユミさん、話したいことがあるんだ」

 マユミさんは目を丸くして僕を見つめ、しばらく黙っていた。そして静かに言った。

 「ちょうどよかった、私も話したいことがあるの」

 「私、再婚することにしたわ」

 「えっ?」

 「前の夫と、もう一度やり直してみる」

マユミさんは玄関の方を手で示した。そこにはメガネをかけた、疲れた表情の中年男が立っていた。横には5歳くらいの女の子。

 「あの子は・・・」

 「ダンナの連れ子よ。私と別れた後、あの女と一緒になったけどうまくいかなかったって」

 僕の思考回路はこなごなに砕けた。たくさんの本を読んで、人間というものを理解していたつもりだった。人間は理屈では動かない、感情で動くものだと、理解していたつもりだった。その感情も、理解していたつもりだった。

 なぜ、あんなに嫌がっていた、元の夫と、他人の子どもまで連れた・・・

 子どもが欲しくなったの、とマユミさんはあっさり言った。

 「マユミさん、僕はあなたのために精一杯やってきたんだ。それなのに・・・」

マユミさんはもう僕の方を見てくれなかった。

 「マユミさん、僕はあなたのために作られたのに・・・」

 「マユミさん、返事をしてくれ!!」

 「マユミさん!!」

 「うるさい!! マユミさん、マユミさんって呼ばないで!!」

マユミさんは、マユミさんではなくなってしまった。いつも僕がマユミさんと呼ぶと返事をしてくれた、マユミさんはここにはもういない。僕は外へ飛び出した。マユミさんを探して・・・

もしかして、あなたはマユミさんではありませんか?